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7、「失意の都落ち」・・・しかし悔いはなかった。
落ちただけでは、全て終わらなかった。
その結果を家族、地元の高校の友達に知らせなくてはいけない。こんな屈辱はない。僕は耐え切れなくなって、早稲田商学部合格発表のその日に、もう東京を離れることにした。この東京にいるべき人間ではないと感じたのだ。
家族や友達にいくら話しても、僕の一年間は分かってくれない。そりゃそうだ。彼らが僕を評価するのは、「結果」だけ。だって僕がやってきた神戸での過程は、彼らは一切知らないのだから。
偏差値がこうだった、これだけ勉強した、こんなことはどうだっていい。そんなことに彼らは耳も貸さないし、どうだっていいのだ。唯一聞いてくれるのは、「結果」だけだ。
だから結果である、「全敗」という事実を見れば、彼らにとって僕は、一年間何も勉強をしていない「愚かもの」という事になる。
そんなことはイヤでも分かったから、僕は逃げ出すしかなかった。誰かに分かってほしかったが、誰も分かってくれる人はいない。それが僕に突きつけられた現実だ。
早稲田の合格発表のあと、僕は神戸に帰る準備をしていた。そんな時、僕に一本の電話が入ってくる。カズヤからだった。
彼は早稲田のみ全学部受験が終わり、今神戸にいるらしい。今日は受験した全ての学部の合否を一気に、電話で確認していたということだ。
彼の声、状態は僕と同じものだった。彼も商学部、教育学部、法学部に立て続けに落ちていた。「仕方ない。力がおよばなかった。」彼はそうこぼしていた。
本当は政治経済学部(偏差値67)の第一希望の発表もあった。しかし商、教育(偏差値65)を落ちた段階で、「もう政経はないな。これ以上不合格という結果を知りたくない。」ということで、彼はショックのあまりそこで電話を置いたらしい
二人で話した。「夜間を抜け出すというのは、本当に難しい。」
僕にはもう後悔はなかった。カズヤと一緒にやっていこう、そう心から思った。
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