神戸大学1年目(1999年)

神戸大学2年目(2000年)

巻末コーナー

9、偏差値80に向けて

今年分かったことは、僕にとって「夜間を抜け出すことは難しい」という事だ。明らかに僕は「不運」だった。しかし今度は「不運」が働いても、何があったとしても合格しなければならない。

「運」も関係ない位の力をつけ、余裕で受かるところまで力がないとダメなのだ。絶対に合格できない。普通、早稲田慶応なら偏差値70が十分合格ラインだ。しかし僕の人生は「100やって10返ってくる」もんだ。だから僕の合格十分ラインは、偏差値80だと決めた。これだけあれば受かるだろう、と考えた。

冷静に考えてみると、僕の人生はいつもこんな感じだった。「100やって100返ってくる」なんてことは一度もなかった。そういえば、高校受験の時も同じようなことがあった。

その時も僕は、同じ中学の親友と一緒に受験した。今回と同じように、彼の成績は僕より思わしくなく、僕が「応援している」という感じの受験だった。僕は塾が「必ず受かる」という太鼓判を押すぐらいの成績だったが、第一希望の高校には落ちた。そしてその親友は奇跡で受かった。その時から、その親友とは会わなくなった。それは通う高校が別々で、住む世界が変わってしまったからだ。 結局、僕は滑り止めの高校に行くことになった。

僕の人生は本当に「運」がない。これだけ少し生きただけで、そう判断するのはおかしいかもしれないが、ここまでの人生を見る限り、確実に「運の無い」方だ。

「100やって10返ってくる」

これが僕の人生なのだ。だから努力しなくちゃいけない。 もし早稲田慶応に受かるには、「早稲田慶応など落ちるなんて有り得ない」こんなレベルまで上げなくてはいけないのだ。どんな過去問題やっても、ほぼ満点近く取れるくらいの力が必要だ。

「運」など作用しない領域に進まねばならない。それは偏差値80だ。

志望校も、「早稲田慶応」ではダメだ。それでは落ちてしまう。「滑り止め」くらいに設定しなければならないのだ。 志望校は「東大」にした。「東大」での合格ラインまで来れば、僕は早稲田慶応には必ず受かる。

東大の前期試験では、英国数の他に、社会2教科まで必要だ。そうなると偏差値80は無理だ。だから英語国語2教科で受けられる後期試験一発を狙うことにした。

この時の僕の実力では、明らかにムリだった。英語なんか、その課題文さえ理解できないだろう。日本語訳にしても、意味が分からないほどの英語の文章だ。それを踏まえて論述なんて絶対ムリだ。

しかし僕は頑張らなければならなかった。そのレベルまで、日本最高峰までのぼりつめなければならなかった。 「そうでないと受からない」僕はそう言い聞かせた。

ついに僕の2浪目が始まった。神戸大学夜間、これが僕を動かす原動力だ。「いい大学に行きたい」と心から思わせてくれた。 そして2浪目は親には言えなかった。誰にも言えなかった。だから一応、大学に通わなければならない。単位をとることは親との約束だった。

夜間に僕は一年ぶりに帰ってきた。そしてこれがさらに、僕を異常な世界へといざなうことになる。とんでもないヤツラがそこにいて、僕は出会うことになる。

そのとんでもないヤツの中心が、前半で述べたシンジさんだ。ここまでほとんど触れてこなかった。1年目は、カズヤとの方がアツかったが、ここからのドラマは、このシンジという男と、行動を共にすることになる。この男は一言で、「フ−リガン」であった。僕と同じ「コンプレックスフ−リガン」だ。カズヤという男も僕を動かした。しかしこのシンジという男は、それ以上にこのドラマを盛り上げてくれた。

そしてドンドン受験は加速することになる。そして「大学生」の本当の姿を目にすることになる。 ドラマはここから始まる。もしかすると、ここまでは「イントロダクション」だったといえる程、この2浪目はドラマだった。

では少しずつ、語るとしよう。

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