神戸大学1年目(1999年)

神戸大学2年目(2000年)

巻末コーナー

3、偏差値70からの大学受験スタ−ト!、、4月−6月。

僕の目指すラインは、絶対合格の偏差値80ラインだ。では、いかにしてそんな未知なる領域にたどり着くか。 そこで「どう勉強するか」ここで一年間のある程度のプランを決めることにした。

ともかく確実に合格を狙うのには、「数学」だけしか3教科目の武器がないというのは、心細い。というのも去年の受験で分かった事だが、数学はギャンブル過ぎるということだ。模擬試験なら大体問題が30題近くある。その中には基礎からハイレベルな問題までたくさん入っている。

だからパタ−ンを暗記すれば、基礎から標準な問題を完璧に得点し、6割程度稼いで、偏差値70近くは確実に取っていた。しかし一流大学の問題はハイレベルのみの4題しか出ない。これではパタ−ン暗記だけでは、とても応用できない。ギャンブル的要素が多すぎる。

僕は覚えて覚えてひたすら覚えて、数学の偏差値を上げていったのだ。そんな数学的才能のない僕にとって、「一瞬でひらめく」という事が要求されている問題では、とても「安定」を持って対処できない。

確実に一回の場で勝負を決めるには、第一に安定性が大事である。 やはり覚えれば確実に得点できる、「社会」も勉強しようと思った。選択肢はあればあるほどいいに決まっている。ただ今からやるので、1年間では偏差値は60後半までが限界だろう。

つまり来年の受験までに、英語国語は偏差値80。数学は偏差値70代。社会は60後半。ここまでやれば、早稲田慶応はもちろん、「東大」まで確実に見えてくるだろう。

この時僕は、受験直前期の時と同じ勉強スタイルを続けていた。それは早稲田慶応などの一流大学の過去問題を、2回3回繰り返すというやつだ。この時は、早稲田慶応はほぼ全学部持っていたので、近くのコンビニに通いコピ−を繰り返していた。英語や国語はこの調子をキ−プした。

これで実力が伸びるのか分からない。ただ勉強をやっていて「苦しかった、辛かった」この感覚を僕は大事にした。苦しい、辛いと自分が思っているならば、それはレベルの高い難しい問題で、力になっているという事だ。「簡単、ラクチン」と思っていれば、それは簡単な問題であり、たいして疲れるはずもない。従って力がつかない。

そして問題は社会だ。ここで僕は公民をやることにした。理由は簡単だ。そうあの男、カズヤがやっていたからだ。この因縁の受験のキッカケは、カズヤだ。だから社会はカズヤと同じ教科を選び、カズヤと同じ条件で僕も合格してやる、と決心した。

勉強方法は分からない。予備校で分かりやすく解説してくれる授業を、取るお金なんてどこにもない。そんな事は関係ない。「ともかく覚えればいいんだろう。苦しめばいいんだろう」こう心に決めると、僕は4教科目に手を出した。理解とかそんなこと関係ない。参考書を片っ端から覚えていった。

例えば「ケインズという学者は、ケンブリッジ学派に所属している」という項目があったとする。そうしたら、僕は何のことか分からないけどその名前を覚えた。問題で「ケインズはどこの学派?」と聞かれたら、答えられるようにだけした。その解答パタ−ンを覚えた。ケンブリッジ学派って何の事?って質問されても、もう分からない。つまり暗記しまくりで、立体的に理解したという訳ではなかった。興味なんか何もない。試験で得点出来るためだけの勉強法だ。ただ機械的に覚えてやった

「この教科に興味がある」だとか、「この教科を勉強していけば、大学に授業で役に立つ」とか関係ない。ウダウダ能書をたれている暇があったら、何でもいいから得点を稼ぎ、偏差値をとらなければいけない。そして合格しなければいけない。

「不運」など起きえない驚異の偏差値をとり、1浪目の時の様な「逆の奇跡」が起きたとしても、それでも合格を確実に勝ち取る。これを目標にした、僕の「偏差値70からの大学受験」がついに始まった。「受験に絶対はない」はよく聞く言葉だ。しかし僕は、敢えてそれに挑戦を挑むことになる。

「どうすればいいか」 そんな自問自答が繰り返されるなか、ついに2浪目最初の模擬試験がやってきた。

「受験は才能」このジレンマに、ついに決着がつくときがやってきた。

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