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5、偏差値80を目指す夜間生。
シンジさんは僕の知る中では、唯一コンプレックス正直に認め、正々堂々戦っている人だった。 関西での最大規模での編入模試でも、論文ランキング2位。英語も受験時代から偏差値70。編入試験の内申書である、大学の成績はほとんどA。つまり彼は編入において死角がない。必ず合格するラインにいた。
やることは何でもやる、身近な編入から確実に決める、そういう強い意志が感じられた。そんな彼を僕は尊敬し、彼も僕を尊敬してくれた。 僕はシンジさんとしょっちゅう一緒に勉強していた。一人で勉強していると、本当にイヤになってくるが、彼と勉強していると「自分もさぼれない」と闘志がわいた。それに何より、「孤独」が紛らわされた。
それでもやはり勉強は、楽しいものではなく、「苦痛」だった。 静かな場所で机に向かって勉強するという事に、僕はもはや耐えられなくなっていた。そりゃそうだ、2年近くも受験勉強をしているからだ。その状況におかしくなりそうだった。楽しいことなんて何もない。限界といえば、限界だった。
だからなるべく外で勉強するようにした。ざわざわしている大学の食堂が、「人恋しい」気持ちを癒してくれて、一番勉強しやすかった。
朝9時くらいから自宅で3時間ほど勉強し、気分転換もかねて大学に移動する。そして昼の1時から、合流したシンジさんと、大学の授業までひたすら勉強。さらに夕方から始まる夜間の授業中も、まるで高校生の内職の様に、勉強し続けた。最後に家に帰っきて、夜の11時から深夜の1時くらいまで、また勉強。ト−タルで相変わらず10時間ほどはやっていた。
ところが一つ問題だったのが、「お金」だった。親は僕がまさかまだ受験しているなんて知らない。だから普通にバイトもしているだろうと考えて、大体一月に4万円くらいの食費を、仕送りしてくれた。普通に考えればこれは当然の額だが、受験勉強をしている僕にとって、少し問題があった。
月4万なら、一日1000円ちょっと使えるわけだが、僕は受験勉強に過去問題コ−ピ−を大量にしていたので、ここでお金を使ってしまった。 大体一日に軽く50枚以上はコピ−していから、そうすると残りの食費は500円から700円程度になってしまう。だから朝は抜いて、昼と夜は200円ちょっとの食事になった。
大学ではほとんど毎日、一杯220円のラ−メンを食べたりしていた。夜はハンバ−ガ−かカップラ−メンが多かった。安くて腹のはるものなら何でもよかったので、ある時は「柿の種」を大量に買い込んで、一週間ほど夕飯は毎日「柿の種」を食べたりした。
それだと栄養的にかなり問題があるので、最後は「自炊」に落ち着いた。お米を10キロまとめ買いして、毎日少しずつ炊く。そして白米の上に、おかずを一品のせるだけ。そのおかずは豆腐や納豆、ノリ、生卵などが多かった。そんな「穀類生活」に耐えられず、どうしても肉が食べたくなって時は、ハンバ−ガ−の肉を取り出して、おかずにしたりしていた。
また新しい過去問題集を買ったり(1600円程度)、模擬試験を受験したりする時は(4000円程度)、もう大変だ。どうしようもないくらい生活が苦しくなったりした
親に一言「受験するから、お金くれ」と伝えれば、すべては解決する問題だが、1浪目は散々ワガママをさせてもらった身だ。それでも合格しなかった。口が裂けても「2浪する」なんて言えなかった。何よりそんな惨めな自分を見せるのはイヤだった。そんな恥ずかしい自分を見せるくらいなら、黙って勉強する方がよっぽどマシ、と思った。
ところがこんな「受験貧乏」は、僕だけではなかった。僕よりももっと悲惨な人がいた。それはシンジさんだ。彼は編入の予備校に通っていたので、お金が大量に無くなっていた。当然勉強からバイトする時間もなく、本当に貧困だった。彼も僕と同じ様な予算で、食費を立てていた。
彼は大学ではほぼ毎日、120円の中ライスに、60円の小さいメンチカツ一個を注文し、ケチャップをかけて食べていた。200円にも満たないその食生活は、本当に質素で、「こんなクサイ飯食うのも、今年限りにしたいですよ。早く抜け出したいです」といつもこぼしていた。
栄養のことなど一切気にしない彼の夕食などは、もっとひどいもので、カップラ−メンなどは当たり前。ポテトチップスを20日間食べ続けたり、チョコレ−トのお菓子で一週間暮らしたりと、もう何でもありの状況だった。
彼は神戸に来てから、1年間チョイもこの生活を繰り返していたため、体が既にボロボロだった。いつも食べ物が入ると、お腹がおかしくなって、トイレに駆け込んでいた。その光景はいつも異様だった。
彼は言った。「もうこんな夜間に居たくないです。コンプレックスに疲れました。人間はこんなもんです。合格はしたいけど、これから長くは生きていたくはないです」と。少し自虐的な感情があったシンジさんは、この生活を苦とせず、むしろあえて自分の身をこの様な状況に置いて、傷つけているとしか見えなかった。
僕は彼を止めることは出来なかった。夜間に身を置く「クサイ」僕達は、昼間の連中が楽しそうにおしゃべりをしながら、爽やかにゴハンを食べているその横で、同じように美味しくゴハンは食べれなかった。それが現実だ。「夜間」を抜け出さない限り、コンプレックスに陥った僕達は、ゴハンでさえ美味しくない。まして幸せには絶対なれないのだ。今年は徹底的に腐るしかない。
信じられないくらいに、僕達の考え方は曲がっていた。しかしこのネジ曲がった考えは、その異常さゆえ、本当に力になった。自分を極限にまで追い込むことが出来た。
僕達はこんな自分たちの活動を、勝手に「サ−クル」化した。その名は「脱出部」。コンプレックスから抜けだし、真の「自分」を獲得するのが目的だ。別に何かイベントをするわけではない。ただただ毎日ひたすら勉強するだけだ。
大学側に公式に認めてもらおうと思ったが、やめた。怒鳴り帰されるのがオチだからだ。 こうして二人だけの「脱出部」が幕を開け、共に壮絶な戦いに挑んでいく事になる。 去年のカズヤさんとの1年間とは全く違う、ドラマが始まったのだ。
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