神戸大学1年目(1999年)

神戸大学2年目(2000年)

巻末コーナー

11、最後の戦い、受験本番!

試験前日、僕は興奮してなかなか寝つけず、ようやく眠りについたのは、明け方に近かった。そんな浅い眠りの中で、僕はこんな夢を見た。時は大阪外国語大学合格者発表日、合格したのだ。「去年は絶対に自分の番号はなかった!しかし今は目の前にある!夜間から出られる!」 ここで目が覚めた。しかし目覚めてもまだ、その興奮がおさまらなかった。心臓が高鳴っている。

去年のあの不合格は、僕の心に強く面影を残していた。「抜け出せる」という事が、「自分には有り得ない」というイメ−ジでしかない。不吉な予感が、大きく膨らんでいく。「夜間脱出」、これが夢にも近い憧れとして遠のいていった。

試験会場である「大阪外国語大学」は山の中にある、素晴らしい大学だった。2年前からは考えられない場所に、僕は立った。教室に入ると、女の子ばかりだったが、全部で100人以上はいただろうか。

しかし僕は全員誰もライバルだとは思わなかった。 敵は自分だ。この自分なのだ。もう、どうなるか分からない。この偏差値80の力を、全て時の流れに任せた。  この手で全てが変わる、不可能なことなど何もない。そう叫び続けたドラマの最後だった。

試験は会心の出来に終わる。

1時間目の英語では長文の記述と英作文。どちらも今の僕には問題なかった。悩むことは何もない。まずは完璧だろう。

2時間目の論文では、試験時間60分で「世界のグロ−バル化について、自分の意見を1000字で論述せよ」というものだった。これも「東大対策」で論文訓練は完璧にしていた。結果、「これ以上はない」という論文を書き付けたのだ。

パ−フェクト、しかしそれでも僕は安心などしていなかった。

「会心の出来」と言うが、去年の受験もそうだった。あの時も悔いはない勝負だったはずだろう。どうすればいいんだ、と悩みに悩んだこの戦いだ。まだ「絶対」など有り得ない。

舞台裏ストーリー、、この頃のシンジさん

この受験時期のシンジさんはどうしていたのだろうか?実はこの頃のシンジさんも精神的にはかなり極限状態にあった。極度の緊張状態のため、この時期は不眠が続いたのだと言う。

英語や小論文はパーフェクトに仕上げ学力の面ではほぼ合格確実のラインにいたシンジさんではあるが、精神的には追い詰められた状態にあったのだそうだ。実際、斉藤さんから分けてもらった睡眠薬を飲んで何とか睡眠をとることができるという状態だったとのこと。

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