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14、そして悪夢の大逆転!! A
12月28日を最後に大学は、1月終わりから2月初めの試験週間まで冬季休業に入る。その最後の授業日、僕は大学に向かった。クラスの連中に会うためだ。
僕は最初に会ったIQに、一言だけ伝えた。これが最後の宣戦布告だった。「大阪外語大学には行かない。もうここの夜間の授業にも出ない。一般入試で東大に行くためだ。」 彼の顔は満面の笑みに変わった。僕はこの瞬間を忘れない。「信じられないね、合格出来たのにね」、彼は同情しながらも顔は笑顔だった。
当然のことながら、一気にその情報はクラス中に広まった。 誰もが息を吹き返した様に元気になり、勝敗の立場が逆転した。「まだやるのか、受からないよ」と繰り返される。別れ際に、彼らはこう言った。「来年僕らは編入するから。ここには京大を狙うヤツもいるんだよ」 夜間にもオマエと同じくらい頭イイ奴もいるんだ、あまり馬鹿にするなよ。オマエは仲間じゃない、勝手にやれ。そういう彼らからの決別のメッセ−ジだった。
確かに僕はそれだけのことを、やってしまった。 模擬試験のビラをばらまいたり、合格証明書まで貼りだした。自分の思いを伝えるためだけなら、「真実」をこれでもかと叫んだ。
これは夜間の連中にとって、やはり「不快」の何ものでもなかったのだろう。 「偏差値低いからクサい、こう言われても文句言えないよ、社会は厳しい」こんな事分かっていても、彼らにとって目をつぶっていたい話なのだ。それなのにワザワザ僕が傷口に塩を塗る。余計なお世話だ。 「自分で勝手にやれ」これが彼らの正直な声なのだろう。
だから夜間全員が敵になった。こんな状況に追い込まれた。 「もう、ここに戻ってくる訳には行かない」 自分で落ちた時の事を考えた。 「あいつ帰ってきたよ・・・」、偏差値80の自分が、夜間のクラス全員に蔑まれている。耐えられない。
そして何より次の目標は何だ?2年生編入か?もうイヤだ。勉強なんかしたくない。大阪外語大の時も「これが最後だ」と感じた。でもあの時は、その後一般入試もあった。
しかし今回は本当に「最後」だ。もうこれを逃したら、2度とチャンスはない。 「落ちたらどうする?」そう自分で自分に問いかけた。すると自然と、心から答えが返ってきた。
「死ぬか・・・」
迷いなど、どこにもなかった。この受験が僕の人生最後の勝負になった。 大げさに言うのではない。こんなに勉強し続けた。自分の全てをこの受験にかけた。その間にはいろいろな事があった。カズヤもいた。シンジもいた。80まで数字を上げた。そして自分だけが落ちる・・・。 僕は当初、「絶対に落ちることのない受験」を目指していた。
皮肉だ。ここにきて、僕はついに絶対に「落ちる」ことは無くなった。そう、落ちたら僕の人生はそこで終わるからだ。究極の結論だった。よく「受験なんかで落ちて、死ぬなんてバカだ」と本で書かれている。しかしそうだろうか。本気で受験に打ち込んだ、そして人生をかけた。それが何でダメなのか。もちろん「自殺」なんてタブ−だ。しかし本気で何かをやり遂げる時、勉強でも何でもそれだけの強い意志が必要なのではないか。
シンジさんは僕の行動を止めはしなかった。「そうですか・・・」彼は頷いただけだった。当然だろう。この僕の2年間を全て知っているからだ。 彼は僕の決意を分かってくれた。そして「必ず受かります」そう繰り返した。
その3日後の、12月30日。2年間家で共に暮らしたネコの調子が急変する。そのまま病院に担ぎ込んだが、「結石」という病気が悪化していた。受験生という余裕の無さ故に、僕は彼の病気の前兆を捉えられないでいたのだ。全て自分のせいだった。
ペット以上の想いを寄せたネコが、亡くなった。彼は僕の顔を見つめながら、静かに息を引き取っていった。 最後に残されたのはやはり僕一人だった。
だが「孤独」という感情はもう忘れていた。「生きる」ためには「合格」しかない。もう戻る場所もない。進むしか道はないのだ。
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