神戸大学1年目(1999年)

神戸大学2年目(2000年)

巻末コーナー

18、かかってこい,僕には敵などいないんだ!

僕は泣いていた。いつまでも泣いていた。「もうどうなってもいい」、そう全てを捨てていた。すると不思議なことに、いつの間にか僕は眠りにおちていた。精神の限界を超え、疲れが波となって押し寄せてきたのだ。何日ぶりか、僕は深い眠りの中にいた。

翌日の2月21日。早稲田の法学部入学試験。

その時、僕の体調は完璧だった。 脳はさえわたり、力に満ちあふれている。昨日、「限界」にまで追いつめた事が、全ての勝因だったのだ。ピ−クを過ぎた僕の精神は、試験のみに集中出来る最高の状態にあった。

大教室には400人程度の受験生がいたが、敵はやはり自分自身だった。 「この運命に挑戦してやる、今なら僕を止められないぞ!ドラマは終わりだ!」 僕は心の中でそう叫ぶと、自分の力を信じた。もう、「運命」は抵抗出来なかった。

体が万全ならば、やはり問題などどこにも無い。その年は国語が難化したが、僕には関係なかった。完璧に読める、解ける、そんな興奮さえ沸き上がってくる。英語もスラスラ読めて、迷うところはない。「満点近く取らないと受からない」、ここまで歪んだ僕の勝負だったが、この時はそれでも手応えがあった。1年目とは違う、「完璧」という感覚だ。

22日の政治経済学部、23日の商学部、早稲田3連戦は、僕の能力が思うところなく発揮された。

25日は国立、東京外国語大学だった。 SFCより一歩レベルが上回るこの大学の試験は、英語一教科。長文から英作文、要約、そしてヒヤリングと何でもありの、英語に限れば日本最難関だ。日本中から英語を極めた学生が集うという。2時間半の試験時間、僕の全てを試験用紙に書き付ける。完璧だった。最高の表現が出来た。大阪外語大をしのぐ出来だった。大阪外語大を制したこの僕だ。腕がなる。この頃になると、もうプレッシャ−などどこにもなかった。

全ての受験を終えた後、僕はすがすがしい気持ちに満ちていく。思いも寄らないことに、それは初めての経験だった。

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