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斉藤さんからの答え
反対意見 1
学問を愛している人の道に進むのなら、神戸の夜学からでも出来ただろう。あなたが、そのバイタリティーで神戸の夜学を偏差値70の大学にしたって話ならわかりますが。
「偏差値70」という言葉は、本当は不要なんではないですか?
なにより、これだけのページを設けたら、多くの人の鼻につくことは予想つきますよね。鼻につくからみんなが見るわけですから、「私の真意」も何もないでしょう。
の中のまっとうに生きようとしている若者達たちが、学歴社会というでっち上げの価値観に一生を左右されるような錯覚に陥らないことを望みます。
反対意見 2
初めに目標ありきなんよ!これが解らんうちは試行錯誤も必要だけど
このHPの下らん所は志が低い所なんですよ
夢というか目標がないつうか。。。
NYでどう目覚めたかが入ってりゃ救いが有るんですがねえ。。。
サイトーの回答
人生は階段だということ
おっしゃることはようく分かります。
例えば18のときの自分が、現在のような境地に達していたら。勉強することの意義を完璧にとらえ、学歴などにまどわされないでいたら。全ておっしゃる通りだと思います。こうしたある種の異様なドラマはおき得なかったと思います。
しかし、一番大切なのは、あの時の自分は本当に単なるフツーの「一般人」だったのです。
フツーに高校生活を送り、フツーな能力しかもっていなかった。それなのに、意味がないそんな
「受験」にとりつかれて、ともかく自分を限界まで振り動かすことになってしまった。そのときに、
今まで見たことない自分の可能性に触れ、徐々にただし確実に前に進む中で、次第に本当の目標が見
えてきたということです。
確かに、17,18の段階ですでに崇高な目的をもち、そして驚異的な実行力があれば、自分が今している同じ事を、かなりの若さで達成していたかもしれません。
別に学歴どうこう言う必要はないと思います。
しかしそんな絵空事はなかなかおき得ないのだ、ということが私の意見であり、「人生は階段だ」というメッセージに込めた思いです。
確かに、世の中には幼くして驚異的な努力をし、17、18ですでに私がおよばない実行力を身につけ、驚異的な努力を持って行動し続けるヒーローはたくさんいます。
事実大学在学中には、たくさんそういう方達と交流できましたし、またその後も夢にむかって進む彼らから大きな刺激をうけています。
ただ一番大切なのは、世の中の多くの人がそうしたカテゴリーにあてはまりませんし、いわゆる私のよなフツーな人は、ただフツーに毎日生きていたのでは、どうしてもそうした「努力すること、自分の可能性を冷静に見つめること」は難しいと思うのです。
だからこそ、別にそのきっかけは何でもいいのですが、特に「受験」しているわかものに、私はどうしても「間違っていないよ」というメッセージを伝えたかったのです。
世間ではあまりにも「学歴のメリット」や「効率的な生き方」などの邪念にまどわされ、悩んでいる受験生は多いと思います。また理想論(やりたいことをやろう!など)を語る大人は数知れません。
しかし忘れてはいけないのは、いきなり誰もが納得するような崇高な目標を持って受験している受験生は本当に少ないです。それはそのはず、誰もがそこまで努力した経験を持ち、自分の本当の可能性見たことのある若者は少ないからです。
だからこそ、そういう一般人に向けて。ただ単純に「受験は努力して、自分を見つけ出す良い試練のひとつなんだよ」と伝えたかっただけなのです。
受験などしなくても、自分を試す、いろいろな道はあります。
だけど、いろんな道があるなかで、受験という道もあるということ。一概に受験を否定するより、理想論抜きで「学歴」を語ることで、違った観点から「努力すること」のすばらしさを伝えることが、この「偏差値70からの大学受験」の目的です。
サイトー
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