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サイトーさんからの答えB
反対意見
私からのメッセージ。受かる大学があったら、さっさと入って、苦労はその後しなさい。それでも幸せは見つかります。偏差値でメシは食えませんよ。
サイトーの意見
私の尊敬する仲間にエクアドルから来たエンジニアを学んでいる学生がいます。
彼の話は非常に興味深く、エクアドルでは社会的に成功するにはほぼ道は一つだそうです。
それは単に自分でBusinessを仕掛けること。雇われる側になったら、どんな大きな会社でも、
どんな職業についても給料はクズ同然、会社経営者との大きなGAPがあるのだそうです。
若者は本当に小さい時からこの現実を叩き込まれ、いかに社会で成功するかは、「努力」、
「ヤリたいことを極める」というよりも親の地位、そして社会でのコネで決まります。
彼は非常にエンジニアとして優秀ですが、祖国には帰らないそうです。
帰ってもお金かせげないし、需要がないからです。これは愛国主義ではないですが、
日本とはエラい違いです。
日本では「受験」が出来ます。「受験」はまさに「非実用」です。そんな「実用」ではない受験勉強などをして、自分自身について試せる時間があるのです。まず徹底的に努力して、自分の可能性を引き出し、そんな好きなように人生を設計する余裕があるのです。
若いうちから、「実用」のみをターゲットにした生き方。将来の飯のためを早期から目指した息方。たとえば「今これをやっていたら将来 得する」「これはやっておいたほうがイイ」などなど。
これはこれで大事なことですが、「実用」でないことが出来るということの意味も決して忘れてはいけないと思います。
確かに、現在日本ではいまだに19、20、「受験」などという将来の飯を食ううえでは意味のないことをしている人がいます。
これは本当に「意味がない」のでしょうか。そうは決して思えません。
私は逆に、この日本の状況を、決してムダなどではなく、大変恵まれたことなのではないかと強く思います。というのも将来のメシを考えず、そしてゆっくり自分の努力を磨く、決してお金のことや、生きていくこと、そんなことに捉われず、勉強に打ち込める。そういうとんでもなく贅沢な時間を過ごせるからです。
「非実用的」なものを通してこそ、いわゆる現実から自分自身を離し、そして自分の可能性につついて落ち着いて眺められるのだと思います。
何故それが一番良いのか?そういう時間が持てる意義は何か?
答えは簡単で、「自分だけについて」考えられるからです。決して将来の物質的な成功や、
他人の目、そういうものから離れて、究極的には自分だけの可能性をぶつかり合う。
これは本当に最高の贅沢だと思います。「良い大学に入りたい」、
これは他人の目を気にしているようで実は関係ありません。というのも良い大学というのはブランドであり、
別にそれがなくても生きていけるからです。
そんな抽象的なもののきわみだからです。
たとえば先述のエクアドルでは、社会のこと、他人との位置関係など、物質的な成功に関連する具体的なことばかり考えなければなりません。そしてそれをしなければ現に人生が失敗してしまい、本当にお腹をすかせることになります。もはや勉強などして自分自身を眺めたりしている場合ではなく、とっとと社会に出なければいけない。
日本はそれに比べて、「勉強」が出来る。そしてそれがなくても生きていける「学歴」などに熱中できる。それがなくても生きていける、そんな「学歴」を通して自分の可能性を上げられる。
最も大事なのは、こうして「非実用的」なものを通してえたそんな物こそ、どんな「夢」を見たときにも有効なのだと思います。
これはみなさんが、小さいころの自分を思い出してみると分かっていただけると重い増す。。。
私ごとで恐縮ですが、私は8年間バイオリンを毎日2時間近く練習していました。結局私は才能がなく、やめてしまいました。では、その8年間の努力は、「実用的」ではないから、全てムダだったのでしょうか。
誰もがお分かりのとおり、そんなはずはなく、そこで培われた「努力する過程」は決してムダではなく、
その後の「勉強」という全く関係ないフィールドでその意味が発揮されたと思っています。
何でもイイです。小学生が鉄棒で逆上がりの練習をしている。それを見て、「君、将来のためにならない、それでメシは食えない」といってやめさせますか。
確かに貧しい環境なら、そういう「非実用」な時間は極力潰して、親の仕事の手伝いにでも使うかもしれません。
日本は大変恵まれた国で、こうしたことはまずおきえず、「いつか役に立つ」というような抽象的な考えが、
平然とまかりとおります。
これを「受験」に当てはめてみてください。直接的な利害関係なく、
ヤル気さえあればいつでも誰でも「勉強」できます。その勉強も「実用」を考えていない、
そんな贅沢なものです。だからこそ自分自身と徹底的に見詰め合える。誰の目も気にせず、
社会のことなど、将来のことなど気にせず打ち込める。本当にしあわせなことだと思います。
学歴社会は社会に一番やさしい、この論議は確かに難しいとこです。
しかし、こういった「非実用的」なものを通して、一人一人にチャンスを与える仕組み。
これは世界を見回しても、なかなか面白いシステムだと我ながら思います。
だから頑張っているい人たちに、周りの「結果、結果」だと騒ぐ野次馬に気にせず、「今やっていることは、決して間違っていない」と伝えたいのです。
しかし、その伝える過程はあくまで、おもしろく、狂ったストーリーを通して。
そんなエンターティメントを通してということ。それが「偏差値70からの大学受験」です。
サイトー
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