斉藤さんの記事

斉藤さん日記10/30

ふりだし
10/30
人生には何回か、ふりだしに戻る瞬間がある。何の非もないのに、驚異的な非論 理的な状況が訪れ、今までの蓄積や、自分の自信となる全てを否定される瞬間の ことだ。

誰もがわかってる。 「新しく進化しろ、もっと自分の可能性を開け」、 そういうことが求められる瞬間なのだろう。

人はこの瞬間のことを、「不幸」ともよぶ。 何で自分がこんな目にあわなきゃならないのか、 何故ここまで否定されなければならないのか。  だからこそイジメ、身の回りの理不尽なども含め、自分の突然の不幸は、 誰も納得できない。

しかし実はボクはこの瞬間こそがチャンスなのではないかと思っていた。 何故なら、「不幸という驚異的なパワー」が、自分を進化させる ことを脅迫的に迫り、ひとはそれでこそ動かざる得なくなるからだ。「不幸、理不尽」が、 ひとを絶対に考えもしなかった「行動力」を生むからだ。「ヤラねばならない、 そうじゃないと人生が終わる」、そんな感覚のことだ。だからこそ、「不幸」であればあるほど、 ソイツは神から選ばれた人間なんだと思っていた。

自分の人生には何回かそんなタイミングがあった中で、 最も強烈だったのはアメリカそのものだった。 英語が通じず、コミュニケーションさえ取れない。まさにクズとして扱われて 当然の位置からスタートした。アジア人とアメリカ人、はたまた世界中から集まる 留学生をみては、人種の壁、差別というcontroversialなissueまで毎日悩んだ。

ここで対等に生きていきたい。重力をなくしたい。」、そう考えて、 一年と半年ほど、キチガイ的な行動を取り、日本語さえ絶った。

気付けば、ルームメイトに「オレより友達がいるんじゃないか、大学生として 充実してるんじゃないか」って言われるまでになった。 どんな集団にもその「ナメられない基準」がある。このSyracuse大学と いうステージでは、もうアメリカ人であろうと何人であろうと、「イエローの猿」 といったナメ切った態度をとるものは一切いなくなっていた。、そういっても 決して過言ではないと思う。 そこまできた、そう確信していた。今日この瞬間までは。

先ほど担当のprofessorから「来年のTAは更新しない」旨を改めて伝えられた。 自分はもう一年、研究のためにここに残りたかった。将来のための助走をもっと したかった。しかしそれを与えるほど、ボクは一切魅力的ではなかったらしい。 ここまでSyracuseから、通常実際1年半のところを1年でプログラムを 終わらせる事を求められていた。さらに教師として一週間に4日間も授業を担当 しなければならない。そして何より言語学は大学院で始めて半年たらず。 学部時代からバシバシ鍛えてきた、そんなnative speakerと同等以上に 戦わなければならない。全てが当然。「英語がnativeと同等であたりまえ」、 「言語学は知ってて当たり前」、「Aはとれて当たり前」。。。

教授に「もう一年TAさせてくれないか」と伝えたら、答えは失笑気味の「NO」 だった。明らかに、「言語学部」の生徒として足りないらしい。自分では自分の限界 を試したこの留学だった。TAまできた。しかし、彼らからすれば 「所詮そこまで」だったらしい。

無理してSyracuseを一年で卒業しても、アメリカのPHDに進めるほど 甘くない。Publicationtionなどの偉業が求められている。ついに大きな壁にぶち 当たった。ボクはどこへ行けばいいのか。もう一段階上の「奇跡」を求められて いる事が、今ひしひしと伝わってくる。

どんな言い訳もするな、目の前の「言語学」で結果をだせ。もう今まであがいて きたことが、人生全て「出来て当然のこと」となった。

人生が今目の前真っ白だ。「今までやってきた全て」、これは一切今の評価の対 象にはなっていないらしい。

どこまでいけるか分からないが、この瞬間がついに来たんだ。もう一段階自分を 壊すしかないらしい。 このアメリカに満足したあたりから、いつかはこの瞬間が来ると思ってた。 次の「人生完全否定」が来るとおもっていた。

今この瞬間、心のそこで。「恐怖」と「興奮」が入り混じる中で。 最も思うのは、僕にはそれでもみかたがいる。今ふと周りを見渡せば、暖かく見 守ってくれている友達がいる。大切な存在が居る。そんな助けを借りて、もう一 度、このドラマに戦っていければと、今はセツに思う。

そんな強烈な気持ちが切り込んだ、肌寒い月曜日

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