|
|
|
斉藤さん日記12月29日(2006)
回顧と危険思想
平日はほとんど家にも帰らず、オフィスに篭り。勉強に終われて気がつけばい
つも夜中の3,4時。そして早朝からSwimmingのClassまでとって、Japaneseの授業
して、そして自分のClassへ。FacultyからのPressureもあり、Programを一年で
終わらせるためキテガイ的に詰め込んだ4コース。論文ペーパー二つに、最後には
さすがに全てに手が回らなかったほど。
一方、「勉強だけじゃ日本にいるのと同じ」、
これを忘れず、週末のDinner gathering、何回かのPartyに、親友クリントを訪ねたThanksgiving Break。
挙句の果てには、Linguisticの生徒と教授を呼んでLunch会!
友達からは「別人になった」と揶揄されつつ、
それでもともかく次々と現れる新しい妙な「試練」、「関門」、そして自分の可能性の極限を試すこのProcessは
このセメスターにかなりのスピードに高まったのではないかと思う。ともかくいつも眠かった。(汗) いつも何かに追われ、半ば脅迫気味に走っていた。
だから逆に、本当に楽しかった。心が震えるくらい、満ち足りた4ヶ月間だったと言っても、バチは当たらないと思う。体がギシギシいうたび、前へ進んでいる気がした。
24時間、全ての瞬間がムダではなく、いつも、「どこまでやれるんだろう」と自分を奮い立たせた。
Linguitic自体も素晴らしい。誰もが自明としている、言語。それにとことん挑戦するLinguistics。神のProgramingと
呼ぶにふさわしく、Phonology、Syntax, Sociolinguiticsの観点から徹底的に見つめなおすと、その奥の深さには圧倒されるばかりだ。第一言語が人間を他の
種から逸脱して進化させたように、自分の研究分野である「第二言語」もまた、人間の価値観、そして経験している世界そのものを、劇的に変化させる力を持っ
ていると思う。言語をひとつしか持たないものには、想像を超えた、もうひとつの言語を基とした「別世界」が存在するということを、しらない。
「Second Language Studies」は、そんな未知の世界への架け橋であると今は強
く思う。だから面白いのだ。下のStatement of Purposeにあるように、Phonology
から自分の研究分野が見えてきたのも、実は自分の学問への興味向上に大きく拠っている。
そして日常はといえば、24時間、英語、アメリカ文化、自分の知らない光景。
プラス、何せ給料もついて勉強できた!(もちろん日本の同期の友達と比べる
と天と地ほど物質的に貧しいし、未だ屋根裏暮らし、最低の食生活。。。(笑い))
まさに究極の「極限状態」だ。何もかもが、ギリギリだった。
いつまでたってもGambling,そして明日が全く見えない。毎日が、一秒たりとも無駄ない挑戦の連続。
ゆっくりなんて時間ゼロ!全てがひと段落した今、これこそが自分の生きていく道なんだと、改めて実感
している。これでしか、自分はしあわせになれないと、満足出来ないんだと、確信として心に響いている。
正直に言えば、実は昔から、自分は本当に何をしてもひとより遅かった。どうしたら周りの友達のように、
頭が回るのかいつも考えていた。ほとんど目立たなかった。大学に入ってからでも、
やっぱりついていけずいつも挙動不審だった(笑い)。
しかしそれでも。そんな僕でも、人生の進路に悩んだり、何に進むべきなのか悩みつつ、
実は自分の心の中で一つだけ確かな欲求があった。「こんな自分だからこそ、極限まで自身を試したい。
こんな自分がどこまでいけるのか、とことんやってみたい。」
でも案の定、どうにも自分を切り開けず、モンモンとしてモンモンとして、、、、、
意外にすーいぶん長い間がたって。。。そしてある時、今思えば、あの神戸の山奥にいた時に、
そのヤリ方がようやく分かった気がする。それはヒジョーに、拙いそしてヒキョーな方法。
ただひたすら、「ヤルこと」だった。
卑怯といわれても何でも、他人が止まっている間に、コソクにもコソコソ自分だけヤルという事だ。
フツーにやったら、他人に勝てない。だから彼らが止まっている時、これを見計らうという汚いヤリ方。。。(笑い)
でもこれは結構画期的だった。
受験した時も、そして特に早稲田にいた時、このヤリ方の効果を痛感した!よ
うく待っていると、いつも周りはキレーに止まってくれた。自分は何食わぬ顔して、ヒキョーにも裏でシコシコ自分なりの特訓をつんだ。
そして案の定、寝込みを襲うかのように、突然周りから抜け出る。そして自分を改めて見つけ出す。
その繰り返し。。。そんなヒキョーと呼ばれても、何だかんだで、今ここまできた。Faculty
はガツガツうるさくても、ここまできた。
そして今心焦がれるのは、そんな「努力」というそんな地味な武器一つだけで、「どこまで人間の可能性を開けるのか、見てみたい」、
というただ一つの強烈な思いだ。
世の中というものは、人間がどう評価されるのかは曖昧だし、どうしたら幸せになれるかも誰も分からない。
悪いことに、とても尊敬に値しない連中が、何かタイミングで、
もしくは単にツイていただけで、何らかの権力を握って、他人を牛耳っている光景。
それを何回も何回も目撃する。社会は本当に「非論理的」だと感じることが何回もある。
それが知り合いがいつも他人の悪口ばかり言ってる、大きな理由だと思う。
「アイツはバカだ」「アイツは間違ってる」などなど。
そんな不条理を見飽きたボクは、だからこそ、今はもうある種の「危険思想」的な思いで、
ヒキョーでも地道な「努力」に基づいて、「正々堂々」と人生を送ってみたいと考えている。
そして一番大事なのは、それでどこまでいけるのか、何が見えるのか、という事だ。トコトン、
そして病的に追求していきたいとまで思っている。また、ここならば、何にも惑わされずに、それが出来そうだ。(汗)
つい最近、とてもエライ人に、「あなたのこれからの将来を決める選択をしましょう。安全に行きますか?それともキチガイで行きますか?」と聞かれた。
それは結構大事で、かなり人生を左右する選択だった。でもみなさん周知の通り、
答えはもちろん即答で「キチガイ」のほうを選んじゃいました。おかげで、
たった一人で、ちょっとした冬休みだろうと何であろうと、いまだにしつこく将来への挑戦を続けることに決定しました。(失笑)
そして真っ暗のキャンパスに、しんしんと降る雪を見て、デジャブーのようによぎる思いは、
「そしてこれからが、実質上、人生のピークが始まるんだ」ってこと。
だいぶ自分がフツーとはかけ離れたな、としみじみ感じながら、でももしかしたら
本当の自分の姿に戻ったのかもとも思いま。日本では同期が、自分とは全く違う道で一生懸命。
ある種、自分が追いかけなかった道として、そんな彼らの挑戦を、この遥かな地の果てで、
思いを馳せるのもまた一興かなと。(笑い)
このブログ、さわやかになりそうな、そんなちょっと手前で、今、元に戻してみました。(笑い)
それではお互い、頑張りましょうネ。せっかくの一回きりの人生ですからね、すごく怖いですけど、
足たまに震えますけど、精一杯何か面白いこと見せれるように、ちょっくらやってみますよ。
そう、もちろんヒキョーな方法を使ってネ(笑い プラス 汗)
サイトー
関連リンク
- リンクタイトル
- リンク先の説明文など・・・。
- リンク先のURLとか
←○○に戻る | ↑このページの一番上へ
|
|
|