神戸大学1年目(1999年)

神戸大学2年目(2000年)

巻末コーナー

皆さんから寄せられた応援

下記の人のいいたいことはわかります。人間偏差値だけではない。しかし、社会では最終学歴が大事なことも多々あります。 職業によって違いますが、大手企業などが人を採用するとき、最終学歴は重要視されます。あたりまえですが、 偏差値の高い大学に入るということは、それだけ(紙面ですが)問題を解ける、ということなので、仕事の理解度も高い、 とみなされるのではないでしょうか?
きっといい大学になればなるほど、自分の頭のよさを人と比べたくなるのではないかな?と思います。 それはオリンピックなどで他の人とコンマ何秒を競うのと同じように、凡人から見るとどうでもいいようなことだけれど、 その人には大事なことだと思います。旧帝大の院まで進んでも日本の企業だと院でしたことと全く違うことをさせられることが多いです。 (その為海外に職を求めたりするわけですが)しかしどの分野でも深く探求する、という経験は受験や大学期間より はるかにながい社会人期間の糧になると思います。ビルゲイツとかグーグルの2人みたいにやりたいことをやっていたら みんなも喜んで僕も億万長者!というのが理想的ですかね?今はてなの社長が夢に向かってやっぱりアメリカに来てますね。 でもサイトーさんは勉強するのが好きなだけなんじゃないかと想像しています。マゾ的に。勉強するのが本当に嫌いだったら、 はなからいい大学とか目指さないんじゃないかなぁ?がんばるためには目標が必要だと思うのですが、勉強をがんばる場合、 高い偏差値を目標にするのは当然だと思います。子供だって100点をとったら普通に喜びますよね。

この合格体験記の場合、偏差値云々じゃなくて、努力するこの大切さと、 努力すれば何でも出来るってことを言いたいんだと思います。

この文を読んで勇気をもらったのと同時に自分は医学部志望で勉強しているけどぜんぜん本気でないことを痛感させられました、ありがとうございます。 今日からは齋藤さんのように本気で取り組みたいと思います。

マジこれから受験勉強頑張ります。 自分の志望校は早慶とか全然そんなレベルじゃないですけど自分はまだ頭が全然足りないんで。 ありがとうございます。

たしかに受験とは孤独なものだ。俺の高校は京大なら毎年30〜50人近くはいるとこだったが、 それでもみんなで合格という意識はなかった。担任はクサいセリフをはいていたが俺の周りの人間は おそらく自分以外全員京大落ちろとおもってただろうな。おれ自身ほかの人間はみんな落ちてほしかった。 偏差値からいうと俺より10下の人間が現役で京大にうかることは心情的に許せなかったからだ。 浪人なら何人はいろうとかまわなかった。現役と浪人の間には圧倒的な違いがあるからだ。 受験が終わると人間関係がスムーズになったよ。受験期間は自分が、自分が、ってかんじだったし。 京大余裕すぎるから東大うけようかな と100回以上いったな。今思うと恥ずかしいことも多い。 でも受験は楽しかった。

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